「筋層浸潤性膀胱がんの化学放射線治療」総説執筆依頼(その2)を書いてから2か月以上も経過してしまいました。実はすでに初稿を某出版社さんへ提出はしていたのですが、なかなか手元に戻ってこなかったのです。
私も放射線治療を専門科として標榜しているとはいえ、査読という他の専門の先生方からの審査(≒ダメ出し修正)をいろいろ受けてからと思っておりまして(その1、その2も間違ったことは書いてないと信じているのですが…)。で、無事に先週郵送されてきて、おかげさまでほとんど修正することもなく再提出の運びとなりましたので、その3をブログ仕様で***以下に書いてみました。
査読、されてたのかな…?
**********************
筋層浸潤性膀胱がんに対する放射線治療をプランするうえで気をつけなければいけない、というか私にとって気になる定かでない点が2つあります。
(1)骨盤リンパ節領域を照射範囲に含めるべきか?
(2)膀胱の照射範囲をどうするか?
(1).筋層浸潤性膀胱がんは明らかな骨盤リンパ節転移が確認されない状態のことでもありますが、手術をしてみたら見えない顕微鏡レベルでのリンパ節転移が少なからず存在したことが大規模な手術結果から示されています。
Stein JP et al: World J Urol 24 :296-304,2006
世界的に有名な放射線腫瘍グループであるRTOG(Radiation Therapy Oncology Group)の一連の化学放射線療法の臨床試験では、骨盤リンパ節領域への予防照射(=目に見えない小さな転移があるという前提で広い範囲に照射すること)が採用されています。なお、大半の臨床試験で『総腸骨動脈領域を除いた(いわゆる小骨盤)照射範囲を採用』している点には留意すべきです。
一方、Fourth International Consensus Meeting on Bladder Cancerでは、照射範囲は全膀胱+2㎝としていて(これでも膀胱周囲の高危険リンパ節領域はある程度含まれます)、この照射野を採用したBC 2001試験では骨盤リンパ節再発がわずか5%ほどでした。
James ND et al:N Engl J Med 366:1477-1488,2012
また膀胱に限局した照射野でも骨盤リンパ節再発に明らかな差はないとする単施設の第III相臨床試験も報告されています。
Tunio MA et al:Int J Radiat Oncol Biol Phys 82:e457-462,2012
今年報告されたばかりの日本の全国調査(JROSG)でも、最初から膀胱限局照射野だった症例が全体の49%も占めていたにもかかわらず、骨盤リンパ節再発がわずか4例(0.25 %)かつ全てが照射野外でした。臨床試験ではありませんが、日本人でも骨盤リンパ節領域への予防照射が必須ではないことが示唆された報告です。
Maebayashi T et al:Jpn J Clin Oncol 44:1109-15,2014
骨盤リンパ節再発ですら、まして生存率は…筋層浸潤性膀胱がんに対する骨盤リンパ節領域への予防照射の意義、実はまだはっきりしていないというのが現状のようです。
(2).一般に腹部への放射線治療を行う場合、放射線に敏感な小腸への総線量60Gy(以下1回2Gy換算)を超える照射(特に抗がん剤併用)は粘膜出血や穿孔のリスクが高まるとされ、臨床試験では50Gy程度に制約されることが多いようです。
一方、筋層浸潤性膀胱がんに対する化学放射線療法では、小腸などを可能なら照射野外にという但し書きはあるものの国内外の診療ガイドラインでは膀胱への総線量を60~70Gyとしています。
2009年にRTOG試験群で5年経過観察した骨盤内の晩期副作用報告がなされました。ほとんどの症例で全膀胱+2㎝マージンで総線量60Gy相当を超える同時併用化学放射線療法が行われましたが、重い症状であるグレード3(RTOGスコア)副作用は全体の約7%(尿路系5.7%、消化管1.9%)、腸管穿孔や壊死または膀胱を含めた命にかかわる出血などは0%でした。
Efstathiou JA:JCO 27:4055-4061,2009
その他にも膀胱線量60Gy相当の照射がなされた報告はいろいろありますが、膀胱と小腸の位置関係から 2㎝マージンで小腸の一部が高線量域に含まれる症例は少なくないようです。しかし、小腸に関し重篤な晩期後遺症を大きく問題視した報告は私が調べた限り確認できませんでした。
膀胱、小腸とも動く管腔臓器であり、正確で信頼できる耐容線量の評価はいまだ不充分(のよう)ですが、膀胱に限局した小さな照射野であれば小腸は60Gy程度の同時併用化学放射線療法でも許容されるのかもしれません(あくまで私見であり、実臨床においては慎重な対応をお願いいたします)。なお、最近のガイドラインでは骨盤照射54Gyとしているものもありますが、その根拠はあまり明確にされていないように思われます。
今後は、画像誘導放射線治療(IGRT:Image-Guided RadioTherapy)を利用した高精度放射線治療や粒子線治療による照射範囲の縮小・治療成績向上が期待されています。なお、筋層浸潤性膀胱がんにおける放射線治療計画の輪郭描出など技術面の記載はオセアニア(FROGG)のガイドラインで比較的詳しく、こちらも参考にしていただければと思います。
Hindson BR et al:J Med Imaging Radiat Oncol 56:18-30,2012
*************************
以上、2か月もブランクがありましたがブログ版3部作でした。
筋層浸潤性膀胱がんの化学放射線療法って「長い治療休止期間がある」「抗がん剤の標準メニューが定まり切れてない」「日本だけは依然として動注が主役」「骨盤リンパ節への予防照射意義が不明確」「救済手術が前提」など不確定要素が多いです。
これ、他のがんではあまりないことで、検討すべき課題がまだまだ多いようです。
出版社に提出した原稿にはもっといろいろ書いたのですが、気になる点や追加・修正すべき点などございましたらどうぞご教示ください。今年度中に世に出るそうです。
少し安堵。
私も放射線治療を専門科として標榜しているとはいえ、査読という他の専門の先生方からの審査(≒ダメ出し修正)をいろいろ受けてからと思っておりまして(その1、その2も間違ったことは書いてないと信じているのですが…)。で、無事に先週郵送されてきて、おかげさまでほとんど修正することもなく再提出の運びとなりましたので、その3をブログ仕様で***以下に書いてみました。
査読、されてたのかな…?
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筋層浸潤性膀胱がんに対する放射線治療をプランするうえで気をつけなければいけない、というか私にとって気になる定かでない点が2つあります。
(1)骨盤リンパ節領域を照射範囲に含めるべきか?
(2)膀胱の照射範囲をどうするか?
(1).筋層浸潤性膀胱がんは明らかな骨盤リンパ節転移が確認されない状態のことでもありますが、手術をしてみたら見えない顕微鏡レベルでのリンパ節転移が少なからず存在したことが大規模な手術結果から示されています。
Stein JP et al: World J Urol 24 :296-304,2006
世界的に有名な放射線腫瘍グループであるRTOG(Radiation Therapy Oncology Group)の一連の化学放射線療法の臨床試験では、骨盤リンパ節領域への予防照射(=目に見えない小さな転移があるという前提で広い範囲に照射すること)が採用されています。なお、大半の臨床試験で『総腸骨動脈領域を除いた(いわゆる小骨盤)照射範囲を採用』している点には留意すべきです。
一方、Fourth International Consensus Meeting on Bladder Cancerでは、照射範囲は全膀胱+2㎝としていて(これでも膀胱周囲の高危険リンパ節領域はある程度含まれます)、この照射野を採用したBC 2001試験では骨盤リンパ節再発がわずか5%ほどでした。
James ND et al:N Engl J Med 366:1477-1488,2012
また膀胱に限局した照射野でも骨盤リンパ節再発に明らかな差はないとする単施設の第III相臨床試験も報告されています。
Tunio MA et al:Int J Radiat Oncol Biol Phys 82:e457-462,2012
今年報告されたばかりの日本の全国調査(JROSG)でも、最初から膀胱限局照射野だった症例が全体の49%も占めていたにもかかわらず、骨盤リンパ節再発がわずか4例(0.25 %)かつ全てが照射野外でした。臨床試験ではありませんが、日本人でも骨盤リンパ節領域への予防照射が必須ではないことが示唆された報告です。
Maebayashi T et al:Jpn J Clin Oncol 44:1109-15,2014
骨盤リンパ節再発ですら、まして生存率は…筋層浸潤性膀胱がんに対する骨盤リンパ節領域への予防照射の意義、実はまだはっきりしていないというのが現状のようです。
(2).一般に腹部への放射線治療を行う場合、放射線に敏感な小腸への総線量60Gy(以下1回2Gy換算)を超える照射(特に抗がん剤併用)は粘膜出血や穿孔のリスクが高まるとされ、臨床試験では50Gy程度に制約されることが多いようです。
一方、筋層浸潤性膀胱がんに対する化学放射線療法では、小腸などを可能なら照射野外にという但し書きはあるものの国内外の診療ガイドラインでは膀胱への総線量を60~70Gyとしています。
2009年にRTOG試験群で5年経過観察した骨盤内の晩期副作用報告がなされました。ほとんどの症例で全膀胱+2㎝マージンで総線量60Gy相当を超える同時併用化学放射線療法が行われましたが、重い症状であるグレード3(RTOGスコア)副作用は全体の約7%(尿路系5.7%、消化管1.9%)、腸管穿孔や壊死または膀胱を含めた命にかかわる出血などは0%でした。
Efstathiou JA:JCO 27:4055-4061,2009
その他にも膀胱線量60Gy相当の照射がなされた報告はいろいろありますが、膀胱と小腸の位置関係から 2㎝マージンで小腸の一部が高線量域に含まれる症例は少なくないようです。しかし、小腸に関し重篤な晩期後遺症を大きく問題視した報告は私が調べた限り確認できませんでした。
膀胱、小腸とも動く管腔臓器であり、正確で信頼できる耐容線量の評価はいまだ不充分(のよう)ですが、膀胱に限局した小さな照射野であれば小腸は60Gy程度の同時併用化学放射線療法でも許容されるのかもしれません(あくまで私見であり、実臨床においては慎重な対応をお願いいたします)。なお、最近のガイドラインでは骨盤照射54Gyとしているものもありますが、その根拠はあまり明確にされていないように思われます。
今後は、画像誘導放射線治療(IGRT:Image-Guided RadioTherapy)を利用した高精度放射線治療や粒子線治療による照射範囲の縮小・治療成績向上が期待されています。なお、筋層浸潤性膀胱がんにおける放射線治療計画の輪郭描出など技術面の記載はオセアニア(FROGG)のガイドラインで比較的詳しく、こちらも参考にしていただければと思います。
Hindson BR et al:J Med Imaging Radiat Oncol 56:18-30,2012
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以上、2か月もブランクがありましたがブログ版3部作でした。
筋層浸潤性膀胱がんの化学放射線療法って「長い治療休止期間がある」「抗がん剤の標準メニューが定まり切れてない」「日本だけは依然として動注が主役」「骨盤リンパ節への予防照射意義が不明確」「救済手術が前提」など不確定要素が多いです。
これ、他のがんではあまりないことで、検討すべき課題がまだまだ多いようです。
出版社に提出した原稿にはもっといろいろ書いたのですが、気になる点や追加・修正すべき点などございましたらどうぞご教示ください。今年度中に世に出るそうです。
少し安堵。
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