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放射線治療にたずさわっている赤ワインが好きな町医者です。緩和医療や在宅医療、統合医療にも関心があります。仕事上の、医療関係の、趣味や運動の、その他もろもろの随想を不定期に更新する予定です。
 今月からうちの施設でも同じ県内の大学病院さんで治療を受けられる小児がん患者さんの陽子線治療を担当させていただくこととなりました。

 以前のブログでもご紹介しましたが、陽子線治療はこの4月からついに小児がん限定で保険診療が可能となりました。
http://mccradonc.blog.fc2.com/blog-entry-147.html


 はじめに陽子線治療の利点を簡単にご説明します。放射線治療で一般に用いられるX線というのは、身体に入る表面付近の照射エネルギーが最も強く、X線が深く進むにつれ徐々に弱くなりつつ最後は身体の反対側まで突き抜ける性質があります。一方で陽子線は、身体に入る表面付近の照射エネルギーは比較的弱く、ある深さに到達すると突然最大エネルギー部分(ブラッグピーク:Bragg peak) が現れ、さらにそのピークを過ぎると急に陽子が組織内で止まり、その先の被ばくはほぼ0に抑えることができるという特徴的な性質を有しています。この特徴を活かして治療したい部分にブラッグピークの位置を合わせれば、がんに集中して強い放射線を照射し、周囲の正常部分の損傷は劇的に減らせる利点があります。
 言葉だけの説明では難しかったでしょうか…?

 小児がんはきちんと治療すればしっかり治る病状が多く、一方で成長障害や二次発がんといった将来への影響も成人のがんよりかなり慎重に考慮しなければなりません。そのため、がんのタイプ毎に全国共通の臨床試験という形で登録され、治療内容もほぼ統一されているそうです。ちなみに小児がんに対する放射線治療は、一部疾患を除き手術や抗がん剤で縮小・消失させた後の残存がん病巣を対象とし、およそ規定された照射線量や範囲で行われることが多いです。
 ただ、従来のX線治療だと先ほど書いた「身体の反対側まで突き抜ける性質」などのため病巣近くの正常組織への被ばくがそれなりの割合で発生してしまい、がんが治癒した後に低身長や変形といった骨の成長障害や脳の発育機能障害や二次発がんなどの後遺症が問題とされてきました。

 今回の小児がんに対する陽子線治療の保険適応で特に期待されることは、ブラッグピークという特徴を活かしがん病巣に集中照射することで、将来起こりうる正常臓器の成長・機能障害や二次発がんを極力抑えることができたり、従来のX線では正常組織の副作用・後遺症が強く出て放射線治療そのものが困難な巨大腫瘍でも強い放射線量を照射できることです。
 もちろん、成人のがんでも陽子線治療は同じような治療内容のX線治療より副作用をほぼ確実に減らせますし、巨大ながんに対しても有効です。ただ、残念ながら現時点ではまだ充分な国内治療成績が出せていないという主な理由で厚生労働省さんからの適応承認が得られず、この4月からは条件付きで引き続き先進医療が可能となりました。
 とはいえ、高額というお金の問題を除けば陽子線治療はX線治療と同等以上の優れた放射線治療です。実際に陽子線治療の診療をたずさわらせていただいてそう実感します。陽子線とX線の違い(私がこれまで感じた臨床上の利点、欠点など)についてはいずれまた別の機会で触れてみたいと思います。


 さて、小児がん患者さんに対する陽子線治療の臨床運用なのですが、いざ始めるとなるといろいろな課題も挙がってきました。

 第一の課題は、特に幼児の場合は正確な位置に動かず陽子線治療を行うため全身麻酔を毎回要することです。通常のX線治療でも同様なのですが、麻酔科の先生方のご協力が不可欠になります。そうでなくても通常の手術などご多忙な麻酔科の先生方に遠路陽子線治療部門まで毎日足を運んでいただき、麻酔導入から照射中の麻酔維持管理、そして照射後の覚醒と、1人の症例につき毎回1時間前後は要する麻酔をかけていただくのは(傍から見ていても)とても大変な業務負担です。しかも一連の治療で平日毎日、数週間もかかります。とはいえ、私たち放射線腫瘍医が見よう見まねで簡単にできる診療行為ではなさそうです。
 うちの麻酔科の先生がたには打ち合わせの段階からとても前向きにご協力をいただいており、感謝の限りです。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

 第二の課題はうちの施設の場合ですが、大学病院入院治療中の方を毎回送迎する形で陽子線治療を行う必要があります。施設間の距離がそれなりにありますので、患者さんやご家族はもちろん、送迎スタッフも毎日となるとなかなか大変です。今の所は自動車で毎回送迎をさせていただく形で運用開始しています。
 うちの施設に特殊な小児がんを専門とされる常勤のお医者さんがいらっしゃって入院管理していただければ良いのですが、マンパワーや診療体制の問題もあり難しい現状です。また、小児がん治療は大学病院のような専門施設で診療を集約化した方がやはり安全かつ効率的なのだそうです。今後予想される県外施設からご紹介の方に関しても、大学病院の先生方に入院管理していただきながら陽子線治療を行うことになりそうです。
 退院が可能な一般状態であれば、遠方の方でも近隣施設に宿泊しながら通院治療も選択肢になるでしょう。ちなみにうちの陽子線治療施設の隣には病院系列の「無料温泉大浴場付き」宿泊施設が併設されています。各部屋バリアフリーの綺麗なフローリングで自炊可能なIH調理器や冷蔵庫なども付いた出来たてビジネスホテル的な宿泊施設です。なんと一泊三千円(お食事別)!

 その他の課題…ですが(企業秘密もちょっと絡んできそうので)今回は触れないでおきます。


 大学病院の諸先生方を筆頭にいろいろな方々に引き続きご指導を賜りつつ、今後も必要に応じていろいろなカイゼンをしながら、安全かつ適切な小児がんの陽子線治療をスタッフ一同でご提供していく所存です。私、施設長ではないのですが代理コメントということでご容赦ください。
 治療初日に際しては国立成育医療センターさん関連の緒先生方にもわざわざ足を運んでいただき、現場ご指導や施設内での特別講演も拝聴させていただきました。まことにありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 また、大学病院さんと陽子線治療連携業務をさせていただくことを機に、うちの施設も日本小児がん研究グループ(JCCG)の会員施設登録(放射線治療のみ)申請をすることになりました。こちらはおそれ多くも私が施設研究責任者で登録させていただくことになりました。こちらもどうぞよろしくお願い申し上げます。

20160518
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【2016/05/18 19:03】 | 粒子線治療
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