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放射線治療にたずさわっている赤ワインが好きな町医者です。緩和医療や在宅医療、統合医療にも関心があります。仕事上の、医療関係の、趣味や運動の、その他もろもろの随想を不定期に更新する予定です。
 第18回日本緩和医療学会、私の印象記、その2です。

 放射線治療関係の発表は、2日目に集中していました。午前の口演では私も発表しましたが、この内容についてはいずれそのうちブログでまとめようかと思います。
 緩和診療科の先生方による緩和照射の口演発表もちらほらあり、少し新鮮でした。


 午後は全体のポスター発表がありました。

 放射線治療のセッションでは、去年のこの学会で「モーズ(Mohs)ペーストはもういらない!?悪性腫瘍の皮膚病変に伴う浸出液・悪臭・出血の原因療法とは」と題したセンセーショナルなご発表をされた北海道のN先生が、今年は「手術不能の下部消化管閉塞で経口摂取困難となったが非侵襲的に閉塞を解除出来食べる喜びが蘇った一例」という、これまた興味深い演題でご発表なさっていました。

 参考までにモーズペーストとは、出血や悪臭を伴う腫瘍の潰瘍表面に主成分の塩化亜鉛を含む調合軟膏を塗布し、亜鉛イオンのタンパク凝集作用によって腫瘍細胞や腫瘍血管、および二次感染した細菌の細胞膜を硬化させて、止血、殺菌効果を得るというもので、最近緩和医療の現場ではかなり注目されています。ただ組織を凝固させる強い薬剤なので、調合や処置が結構手間がかかり痛みも伴うことがあるようです。
 N先生の昨年のご発表は、巨大腫瘍が皮膚表面に露出して滲出液や悪臭・出血を起こしている腫瘍に対する放射線治療の有効性を示したというもので、「ごく普通の放射線治療をしただけで、モーズペーストと同じ効果が得られますよ、簡便で有効な放射線治療をもっと見直してね」という趣旨のご発表でした。

 そういえば一昨年のモーズペースト関連の発表はたしか10以上の演題数でしたが、今年は数件だけでしたね。話題性が一段落したのか?


 で、いよいよ今年のN先生のご発表なのですが、がんによる直腸狭窄に放射線治療を行ったら、念願の塩ラーメンが食べられるようになったという、感動的な症例報告でした。

 大腸がんなどによる下部消化管閉塞は、下血・排便困難・骨盤痛・腸閉塞などを起こし、患者さんの生活の質を著しく低下させます。

 『「本当は塩ラーメンが食べたい」等の願望はあったが、食事の度に激しい疝痛に見舞われるため。食事を忌避するようになる。』という可哀想な患者さんに対して、N先生が『手術不能のため、60Gy/30回の放射線治療を開始したところ、1週目から疼痛が改善され、2週目には苦痛なく経口摂取でき、治療終了2週後には朝食を全量摂取し得た。放射線治療開始から4ヶ月後に肝転移で死亡したが、死の2日前まで経口摂取可能であった。』とのことでした。(『』内は学会抄録より無断引用)
 お亡くなりになるまでの4ヶ月間に、『豚汁、あんみつ、あんかけ焼きそば、ラーメンサラダ、パスタ、鶏から揚げ、カレーライス、生寿司、シチュー、オムライス等を摂取することができ、自分で料理を作ることもできた』そうです。

 腸閉塞がおきると、強い腹痛や吐き気をもよおし、食事はおろか、下手をすると(お亡くなりになるまで)ずっと鼻からチューブを入れられたままです。サンドスタチンやステロイドという薬も症状改善に有効ですが、終末期の方の一時的対応に過ぎないことが少なくありません。根本治療としてはバイパス手術がありますが、全身麻酔が困難である患者さんも少なくありません。胃瘻で腸のガス抜きを図る手もあるでしょうが、食事は取れません。

 その点、緩和的(そして場合によっては根治的)放射線治療は全身麻酔をかけることもなく、腫瘍そのものを縮小させて閉塞を解除しうる、薬による「対症療法」とは違った根本的な「原因療法」になります。
 もちろん手術のような即効性はなく、また治療部位によっては下痢や最悪の場合に穿孔(腸に穴があく)といった恐ろしい腸の副作用が出る可能性もたしかにありえます。これらのリスクは、治療前に患者さんや身内の方々にきちんとご説明・ご了解いただかざるを得ません。通常の放射線治療でも同じですが…。また、かなり体力の低下してしまった終末期には無理しないほうがいいかもしれません。
 しかし、最近の照射技術で治療範囲や線量をなるべく絞り込んだり期間の工夫をしたりでなるべく副作用・後遺症を出さずに、この報告のような症状改善が図れることが医療者が思いこんでいるよりも高い確率で期待できるとする報告も少なくありません(引用文献はブログでは省きます)。

 実は、アメリカなど海外のガイドラインにはきちんと「消化管閉塞の緩和治療には、手術、放射線治療がある」と、同列で明記されています。ところが、日本のがん患者の消化器症状の緩和に関するガイドラインには「放射線治療」という文言は記載すらされていません。
 ガイドラインが大好きなお医者さんは、本に書いてないと選択肢にすらしてくれません。あと胃がんや大腸がんには放射線治療が効かないと思い込んでいる先生も少なくありません。「緩和照射とほぼ同等の」放射線量である胃がんや大腸がんの術前(化学)放射線治療「でも」、手術するとがんが縮小・消失することが何割かのケースで見られるという臨床試験の報告が国内外でなされているにもかかわらず…。

 我々、日本の放射線腫瘍医のアピール不足だろ!とのご指摘は、全くもってその通りです。大変申し訳ございません。
 これからの大事な責務のひとつだと思います。


 モーズペーストもバイパス手術も良い緩和治療ですが、「普通の」緩和放射線治療は多くの臨床医の方々にもっと知っていただきたい有効な選択肢です。
 

 今回のは完全にN先生の報告をいただいたブログ…
未承認ですが、心広いN先生のことならきっと許してくださると信じています。



(第18回日本緩和医療学会印象記、その3へ…)

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【2013/07/02 02:51】 | 緩和的放射線治療
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