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放射線治療にたずさわっている赤ワインが好きな町医者です。緩和医療や在宅医療、統合医療にも関心があります。仕事上の、医療関係の、趣味や運動の、その他もろもろの随想を不定期に更新する予定です。
 「市民のためのがん治療の会」HP、がん医療の今というコーナーに、我々放射線腫瘍医の大先輩である愛知県がんセンター中央病院名誉病院長 森田皓三先生による『緩和医療と放射線治療』というタイトルのご投稿が掲載されています。

 およそ3年前のご投稿です。
http://www.com-info.org/ima/ima_20110831_morita.html

 お恥ずかしながら私、実は森田先生と直接お話をしたことはございません。しかし、このご投稿文章は、緩和的放射線治療について私がなんとなく思っていた難しさやあり方を網羅し明文化してくださった、私にとって読めば読むほど珠玉の名文です。

 自分への備忘録と、ご覧になったことがない先生方には是非ご一読いただければとの気持ちで、無断ですがその一部を***以下に引用(一部改変)させていただきました。

 先日も似たようなことを書きましたが、緩和的放射線治療ってとても奥が深くて難しいです。生存率をはじめとする統計学が優先される根治的な標準の放射線治療と違い、定石があるようで実はないといってもいい個別化最たる緩和的放射線治療。

 患者さんとともに、より良い選択ができるような緩和診療を自分なりに心掛けていきたいと思います。


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【3. 緩和医療における放射線治療の役割】
 
 すでに皆さんもご承知のように、現在では緩和治療の一環として、骨転移・脳転移の治療に、或いはがん組織からの出血とかがん組織による血管・気管支などの狭窄に、放射線治療(以下、放治)が広く用いられています。しかし、どのような病態・症状にどの程度まで放治が有効であるかを、意外に他科の医師は知らないことが多いのです。一般に放治医は患者さんの直接の主治医になることが少ないので、主治医がまず、「このような病態・症状の場合には、放治が有効ではないか?」と考えてくださらないと、放治医には相談/依頼が回ってこないのです。
 最近では主治医の先生方は、その病院にある「緩和ケアチーム」のスタッフには相談されることが多くなりましたので、私見では放治医はぜひともこのチームの一員となるべきだと考えています。しかし現状は、ほとんどの病院では放治医はこのチームに参加していません。その最大の理由は、日本では放治医が極端に少なく、とても緩和医療チームに参加する時間的な余裕がないからです。さらにもうひとつの問題点は、学会辺りから種々のガイドラインが出されている治癒目的の治療と異なり、緩和目的の治療の場合には、患者さんのひとりひとりの病態で、その治療適応が異なるということです。
 体力的にはかなり衰えている定年後の私でも、長期に亘る放治の経験ということではいささか自信がありますので、それが現在の緩和医療の中での放治という領域で、患者さん方に大きな迷惑をかけることなく、仕事ができているのではないかと思っております。つまり緩和医療の中での放治は、治癒目的の放治よりもずっと幅広い、個別の対応が求められていることだと思います。現在の日本では、長年放治に従事した放治医は、その経験を生かして、定年後は主として緩和医療に従事することが重要ではないかと考えています。

【4.緩和治療としての放射線治療の難しさ】

 自画自賛するようで申し訳ないのですが、緩和目的の放治は、私のように、長い間放治に携わってきた古手の放治医が最も適当だと思います。それはどうしてかといいますと、「緩和目的の放治には、「標準治療ガイドライン」というものはなく、個別に対応しなければならない」という大原則があるからです。
 治癒目的の放治では、治癒率を良くするために、線量投与のスケジュールにも一定の原則があります。その原則を守るために、しばしば患者さんにかなりの我慢を強いることもあり、一次的にもせよ、治療に伴う急性の副作用のために、患者さんのQOLの低下を招くことも多いのです。
 しかし、緩和医療にあってはその正反対に、個々の患者さんの肉体的・精神的なQOLの低下につながるような治療は、できるかぎり避けなければならないと思います。「患者さんがいま訴えている症状に対して、放治医としては、どのような治療適応があるか」という放治の照射目的がもっとも重要です。治療の狙いが患者さんの希望と一致して、初めて患者さんから喜んでいただけます。私の経験した中に、肺・肝などに多くの転移を抱え、医師の立場からは予後が数ヶ月かと心配されている進行乳癌の患者さんがおられました。しかしこの患者さんご自身は、目に見える鎖骨の上にあるリンパ節転移が日に日に大きくなって、それを毎日触りながら大きな不安に陥っておられ、患者さんの最大の希望は、この腫瘤を小さくして欲しいということでした。週に1回、外来通院していただいて、毎回10Gyの照射を3週間続けて、腫瘤は半分ほどになり、夜も寝られるようになったと、患者さんに大変喜んでいただいた経験があります。なかには、治療効果がはっきりと患者さんに見えなくと も、「現在がんに対する治療を受けている」という意識だけでも、患者さんのQOLが上がるという経験を何度もいたしました。

 治療方法も患者さんを主体に考えなければならないと思います。治癒目的の放治の大原則として考えられている、1日1回2グレイという線量で、1週間に5回という線量配分を守ることは、緩和目的で患者さん主体の放治では標準ではありません。治療はできる限り通院で実施し、患者さん或いはそのご家族の都合で、週2回、しかも月曜と水曜しか通院できないということであっても、その条件下で、放治医は最善の治療効果を得るために、最良の線量配分を考えて差し上げなければならないと考えています。
 緩和医療にあっては、すべてが患者さん本位なのです。いまでも、がんセンター或いは大学病院で、通院に1時間以上も必要な、しかし、予後が半年も見込めないような進行がん患者さんに、この原則を押し付けて、週5回の通院を強いている若い放治医を見ると、心が痛みます。また逆に、自宅が遠方のために入院せざるを得ないような患者さんでは、可及的早くに自宅療養に移っていただくために、1日に2回照射するという方法も頻用されるべきと考えます。だから緩和目的の放治こそ、長年放治に携わり、数多くの患者さんを治療してきた経験豊かな定年後の放治医の役割だと思います。
 愛知県がんセンターで私たちが開発してきた原体照射法という、病巣に放射線を集中させる照射法が、最近はもっと進歩して、多方向から照射する IMRTという照射法が日常に使用されるようになりました。治癒目的の放治では、たしかに病巣に放射線を集中させることは重要ですが、欠点は、治療計画とその実行に時間がかかります。緩和目的の治療患者さんの中には、痛みが強くて一定の姿勢で長く仰臥できない方も沢山おられます。可及的簡単な照射方法を選択して、短時間で治療を終了させるということも、緩和目的の放治では大変に重要となってきます。

 要は、治癒目的と緩和目的とでは、放治の考え方を大きく変える必要があるということです。


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【2014/08/15 00:19】 | 緩和的放射線治療
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