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放射線治療にたずさわっている赤ワインが好きな町医者です。緩和医療や在宅医療、統合医療にも関心があります。仕事上の、医療関係の、趣味や運動の、その他もろもろの随想を不定期に更新する予定です。
 5月連休明けのことですが、なぜか田舎の町医者あてに放射線科関連の某雑誌から「筋層浸潤性膀胱がんの化学放射線治療」の総説執筆依頼状が届きました。これまでそんなものを書いたことはございません。
 尿を一時的にためる臓器である膀胱粘膜の外壁にある平滑筋にまでがんが及んでしまった状態を「(筋層)浸潤性膀胱がん」といいます。膀胱にがんがとどまってはいるものの、残念ながら早期がんの扱いにはなりません。

 一昨日が最初の原稿提出締切日でしたが、なんとか間に合いました。この後、専門の先生方による厳しいチェックがきっとたくさん入った修正原稿がそのうち私の所に戻ってきて、何回かのダメ出しを食らいつつ、数か月後にはめでたく医学雑誌に掲載となるはずです(たぶん)。
 同業者の方々におかれましては、もし私の拙文をご覧になる機会がございましたらどうか暖かい目でお読みいただければ幸いです。もちろん日本語です。

 しかし、締切日の直前までなかなかやる気がわいてこない性格は昔から変わらずで、我ながら困ったものです。
 

 ということで、筋層浸潤性膀胱がんの放射線治療についてせっかくいろいろ調べたし、(かなり修正して)ブログ風に書き直してみることにしました。


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 筋層浸潤性膀胱がんに対する第一選択の治療は、手術で膀胱を全部取ってしまうこと(膀胱全摘術)とされます。膀胱温存療法といって抗がん剤+放射線治療で膀胱を残したまま治す方法もあるのですが、現時点では「有効ではあるけれど手術に勝るわけではなく、また再発した後の治療で困ることもあるので、治りそうな患者さんに限定しましょう」というのが世界中の膀胱がん専門医たちの意見です。
 で、膀胱内視鏡でがんをなるべく切除(低侵襲手術)をしたあとに抗がん剤+放射線治療を同時併用するのが膀胱温存療法の一番のお勧め方法とされます。

 しかし実は、筋層浸潤性膀胱がんに対する抗がん剤+放射線治療(膀胱温存療法)を膀胱全摘手術と「きちんと比べた」臨床試験というのはこれまで一度も報告されていません。


 他のがんでも同じで、手術と(抗がん剤+)放射線治療の治療効果を「きちんと」比べた臨床試験の報告って、世の中にびっくりするくらい存在しないんです。

 例えば手術可能な子宮頸がんの抗がん剤+放射線治療。国内外から手術に匹敵する治療効果が数多く報告され、がんが治ったかどうかを評価するうえで最も信頼度が高い『生存率に実質上は差がありません』。しかし、手術とのきちんとした比較試験がほとんど無いため「日本のガイドライン」では過去の治療件数やガイドライン担当委員が多い手術のほうが優先順位の高い書き方になっています。
 ちなみに日本で最近、早期食道がんや早期肺がんで手術と(抗がん剤+)放射線治療をきちんと比較するという臨床試験が進められています。これはかなり画期的な臨床試験だと思います。
 
 はたして今後どのような結果が出てくる。。。結果、出るだろうか?


 さらに書くと、手術または放射線療法(つまり何らかの西洋医療を施す)をする群となにも治療しない(有名な近藤某先生が勧めるがん放置療法のような)群をきちんと比べた臨床試験というのも私が知っているかぎりですが無さそうです。筋層浸潤性膀胱がんもしかり。

 あえて比べるまでもなくその差歴然で治療したほうが優っている、人体実験である臨床試験がそもそも成り立たない、などというのが大多数の専門医の意見のようです。ただ、その辺をきちんと示さない限り、「〇✕と闘うな」「△□不要論」といった反西洋医療派を納得させることはできないのかもしれません。もっとも、データの解釈についてもいろいろな見解があり、結局はこれまで通り平行線の議論をたどるかもしれません。
 いや、もしかして(普通の西洋医学者にとって)非常識でびっくりするような結果が出たりして??
 
 これ以上はここで深入りしないことにしておきます。


 さて、筋層浸潤性膀胱がんに対する抗がん剤+放射線治療と放射線治療単独の治療成績を比較した最も信頼度が高いとされる第III相試験報告というものは過去に2つだけあります。いずれも骨盤内無病生存率、つまり放射線治療を行った部分からのがんの再発は抗がん剤+放射線治療群のほうが統計学的に有意に少なく優れた治療と評価されています。
1) Coppin CM et al. J Clin Oncol 14: 2901-2907, 1996
2) James ND et al. N Engl J Med 366: 1477-1488, 2012

 でも、実はこの2つの第III相試験、どちらの報告も抗がん剤上乗せ効果による生存率の改善は示されませんでした。そして、どちらも副作用は多めでした。
 しかしそれ以外の多くの報告で、放射線治療単独は生存率を含めた治療成績が劣っているため標準的な膀胱温存療法としては推奨されないと国内外の膀胱がん診療ガイドラインには明記されています。

 これは抗がん剤と一緒にしない治療が全く効果ないという結果というわけでは決してありません。両者を比べたら何人かに一人くらいの差で抗がん剤+放射線治療のほうが数字上は良さそうだったということにすぎません。もちろん、その数字の差は大きいのですけれど。
 そして、実際に個々の患者さんに当てはめる場合は、副作用がどうかとか、年齢や体調がどうかとか、身体を傷つける治療を患者さんがどこまで希望されるかとか、別のいろいろな問題も加えて検討する必要がでてきます。


 どんながんの治療でも共通することですけどね。


(長いので今日はとりあえずここまでにします)


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【2014/09/04 00:06】 | 放射線治療と薬
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