筋層浸潤性膀胱がんの膀胱温存療法で投与される抗がん剤はシスプラチンがお薦めとなっています。
これまでいろいろな臨床試験が報告されていますが、最も系統的に研究を進めているのが世界的に有名な放射線腫瘍グループであるRTOG(Radiation Therapy Oncology Group)の一連の臨床試験でしょう。RTOGもシスプラチンが中心で、準備段階を含めると筋層浸潤性膀胱がんの温存療法だけで10以上の臨床試験が行われています。
シスプラチンに他の薬を足して効果がどうかという臨床試験も世界中でいろいろ行われていますが、どの組み合わせが一番かというのはまだ定まっていないようです。
なお、このRTOG試験を参考にする際、気をつけなければいけない点が二つあると思います。
一つは、同一グループなのにそれぞれの臨床試験が「かなり」違う治療内容に設定されていることです。ここでは詳細は省きますが、抗がん剤の投与法はもとより放射線治療の内容(分割照射法、総線量、照射野設定など)も相当なばらつきがあります。
もう一つは、抗がん剤+放射線治療同時併用の途中で2 - 4週程度もお休み期間があることです。その時に膀胱内視鏡を使った中間評価をして、もしがんが残っていた場合には救済手術(膀胱全摘術)に方針が変更されます。その割合はなんと全体の1/3近くにもなります。
シスプラチンという抗がん剤は尿といっしょに身体の外に出される薬なので、腎機能が悪い患者さんには投与困難です。そういう方には、最近イギリス(BC 2001試験)から報告されたマイトマイシンCと5-Fu(フルオロウラシル)の組み合わせが代役になりそうです。でもこれ、日本人での効果や副作用はまだよくわかりません。
James ND et al. N Engl J Med 366: 1477-1488, 2012
他にパクリタキセル、ジェムシタビン、トラスツズマブといった最近の薬を使った報告も出てきましたが、まだいずれも臨床試験での実験的な段階です。
そして、シスプラチンを中心とした抗がん剤と、シスプラチンを除く抗がん剤を比較した筋層浸潤性膀胱がん温存療法の第III相試験の論文報告もまだありません。
_______________________
【Weblio辞書より(勝手に改変)】
第I/II相(臨床)試験
【仮名】だい1/だい2そうりんしょうしけん
新しい治療の安全性、使う量、治療効果を調べる臨床試験。
第III相(臨床)試験
【仮名】だい3そうりんしょうしけん
新しい治療を受けたヒトの結果と、標準治療を受けたヒトの結果を比較する研究(例えば、どちらの結果で生存率が良いか、あるいは副作用が少ないか)。大部分の場合、第I相および第II相試験でも効果がみられると思われる治療のみ、第III相試験へと移行する。第III相試験は通常数百人レベルで行われる。
_______________________
日本では、カテーテル(細い管)を主に足の付け根の動脈から膀胱近くの血管まで挿入し直接がんへ集中的に抗がん剤を注射する、いわゆる動注化学療法と放射線治療の組み合わせが一部の施設で積極的に行なわれています。治療効果が良いという報告はいくつかでているのですが、治療内容はそれぞれかなり異なります。
臨床試験として動注化学療法の安全性や有効性を証明した報告はなく、また実は海外では動注化学療法そのものの報告が少ないです。今後、積極的に行っている日本の施設を中心に筋層浸潤性膀胱がんに対する動注化学療法+放射線治療をきちんと臨床試験として検証する必要があるように思います。
筋層浸潤性膀胱がんに対し放射線治療を始める前にがんを小さくするため、あらかじめ抗がん剤をしばらくの期間投与する導入化学療法という方法もあり、行うか否かを比べた第III相試験は2つあります。どちらもシスプラチン、メソトレキセート、ビンブラスチン3剤を組み合わせたCMV(進行膀胱がんに対する抗がん剤単独治療として代表的なM-VACからアドリアマイシンを除いたメニュー)なのですが、治療成績に差はでませんでした。そして、副作用が強かったため途中で中止になってしまった試験(RTOG 89-03)もありました。
また10年ほど前には、導入化学療法後の手術(膀胱全摘術)を含めた10の臨床試験、全2688症例の大規模な解析報告(メタアナリシス)が発表されました。全体としては導入化学療法群で行わない群と比し10年生存率が約5%改善していたのですが、放射線治療群にかぎってみると残念ながら有意差はみられませんでした。
Lancet 361: 1927-1934, 2003
ということで、筋層浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法としての導入化学療法の有効性は現時点では確立されていません。
進行・転移性膀胱がんに対する代表的な抗がん剤治療として、国内外の診療ガイドラインでは先ほど示したM-VAC、近年ではGC(ジェムシタビン、シスプラチン)が推奨されています。しかし先に触れた通り、筋層浸潤性膀胱がんに対する抗がん剤と放射線治療の一般的な組み合わせはアドリアマイシンを省いたCMV、またはジェムシタビン単剤(これも実験的段階)などであり、M-VACまたはGCといった「抗がん剤単独での通常投与量」で放射線治療との同時併用が採用された「まともな」臨床試験の論文報告はありません。
どのがん治療においても共通することでしょうが、診療ガイドラインに「抗がん剤と放射線治療の同時併用が推奨」と書かれていても、『抗がん剤単独での治療内容を安易に放射線治療との同時併用に転用するのは良くありません』。
でも、学会などで報告を見聞きする限り、いまだに安易に(?)抗がん剤単独での治療内容(投与量はあまり根拠なく減らしているようですが)と放射線治療を同時併用している施設って稀ならずあります。
以上、まとめると
1.膀胱内視鏡切除(TURBT)後の放射線治療+シスプラチン(+α?)の同時併用がお薦め
2.腎機能低下例にはマイトマイシンC+5-Fuも選択肢(?) その他の薬はまだ研究段階
3.動注化学療法は臨床試験のエビデンスがない
4.導入化学療法の有効性は確立されていない
5.抗がん剤単独レジメを安易に放射線治療と同時併用するのは慎むべき
筋層浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法に関連したきちんとした第III相試験はとても少なく(たぶん世界でこれまで5つ)、シスプラチン中心とはいえさまざまな膀胱温存療法が報告されていて、標準治療が定まっているとはいえません。また、日本では動注療法を行う施設も少なくなく、施設ごとに違う内容の抗がん剤と放射線治療の同時併用を実施しているのが現状のようです。
(さらに続く、放射線治療編…)
これまでいろいろな臨床試験が報告されていますが、最も系統的に研究を進めているのが世界的に有名な放射線腫瘍グループであるRTOG(Radiation Therapy Oncology Group)の一連の臨床試験でしょう。RTOGもシスプラチンが中心で、準備段階を含めると筋層浸潤性膀胱がんの温存療法だけで10以上の臨床試験が行われています。
シスプラチンに他の薬を足して効果がどうかという臨床試験も世界中でいろいろ行われていますが、どの組み合わせが一番かというのはまだ定まっていないようです。
なお、このRTOG試験を参考にする際、気をつけなければいけない点が二つあると思います。
一つは、同一グループなのにそれぞれの臨床試験が「かなり」違う治療内容に設定されていることです。ここでは詳細は省きますが、抗がん剤の投与法はもとより放射線治療の内容(分割照射法、総線量、照射野設定など)も相当なばらつきがあります。
もう一つは、抗がん剤+放射線治療同時併用の途中で2 - 4週程度もお休み期間があることです。その時に膀胱内視鏡を使った中間評価をして、もしがんが残っていた場合には救済手術(膀胱全摘術)に方針が変更されます。その割合はなんと全体の1/3近くにもなります。
シスプラチンという抗がん剤は尿といっしょに身体の外に出される薬なので、腎機能が悪い患者さんには投与困難です。そういう方には、最近イギリス(BC 2001試験)から報告されたマイトマイシンCと5-Fu(フルオロウラシル)の組み合わせが代役になりそうです。でもこれ、日本人での効果や副作用はまだよくわかりません。
James ND et al. N Engl J Med 366: 1477-1488, 2012
他にパクリタキセル、ジェムシタビン、トラスツズマブといった最近の薬を使った報告も出てきましたが、まだいずれも臨床試験での実験的な段階です。
そして、シスプラチンを中心とした抗がん剤と、シスプラチンを除く抗がん剤を比較した筋層浸潤性膀胱がん温存療法の第III相試験の論文報告もまだありません。
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【Weblio辞書より(勝手に改変)】
第I/II相(臨床)試験
【仮名】だい1/だい2そうりんしょうしけん
新しい治療の安全性、使う量、治療効果を調べる臨床試験。
第III相(臨床)試験
【仮名】だい3そうりんしょうしけん
新しい治療を受けたヒトの結果と、標準治療を受けたヒトの結果を比較する研究(例えば、どちらの結果で生存率が良いか、あるいは副作用が少ないか)。大部分の場合、第I相および第II相試験でも効果がみられると思われる治療のみ、第III相試験へと移行する。第III相試験は通常数百人レベルで行われる。
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日本では、カテーテル(細い管)を主に足の付け根の動脈から膀胱近くの血管まで挿入し直接がんへ集中的に抗がん剤を注射する、いわゆる動注化学療法と放射線治療の組み合わせが一部の施設で積極的に行なわれています。治療効果が良いという報告はいくつかでているのですが、治療内容はそれぞれかなり異なります。
臨床試験として動注化学療法の安全性や有効性を証明した報告はなく、また実は海外では動注化学療法そのものの報告が少ないです。今後、積極的に行っている日本の施設を中心に筋層浸潤性膀胱がんに対する動注化学療法+放射線治療をきちんと臨床試験として検証する必要があるように思います。
筋層浸潤性膀胱がんに対し放射線治療を始める前にがんを小さくするため、あらかじめ抗がん剤をしばらくの期間投与する導入化学療法という方法もあり、行うか否かを比べた第III相試験は2つあります。どちらもシスプラチン、メソトレキセート、ビンブラスチン3剤を組み合わせたCMV(進行膀胱がんに対する抗がん剤単独治療として代表的なM-VACからアドリアマイシンを除いたメニュー)なのですが、治療成績に差はでませんでした。そして、副作用が強かったため途中で中止になってしまった試験(RTOG 89-03)もありました。
また10年ほど前には、導入化学療法後の手術(膀胱全摘術)を含めた10の臨床試験、全2688症例の大規模な解析報告(メタアナリシス)が発表されました。全体としては導入化学療法群で行わない群と比し10年生存率が約5%改善していたのですが、放射線治療群にかぎってみると残念ながら有意差はみられませんでした。
Lancet 361: 1927-1934, 2003
ということで、筋層浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法としての導入化学療法の有効性は現時点では確立されていません。
進行・転移性膀胱がんに対する代表的な抗がん剤治療として、国内外の診療ガイドラインでは先ほど示したM-VAC、近年ではGC(ジェムシタビン、シスプラチン)が推奨されています。しかし先に触れた通り、筋層浸潤性膀胱がんに対する抗がん剤と放射線治療の一般的な組み合わせはアドリアマイシンを省いたCMV、またはジェムシタビン単剤(これも実験的段階)などであり、M-VACまたはGCといった「抗がん剤単独での通常投与量」で放射線治療との同時併用が採用された「まともな」臨床試験の論文報告はありません。
どのがん治療においても共通することでしょうが、診療ガイドラインに「抗がん剤と放射線治療の同時併用が推奨」と書かれていても、『抗がん剤単独での治療内容を安易に放射線治療との同時併用に転用するのは良くありません』。
でも、学会などで報告を見聞きする限り、いまだに安易に(?)抗がん剤単独での治療内容(投与量はあまり根拠なく減らしているようですが)と放射線治療を同時併用している施設って稀ならずあります。
以上、まとめると
1.膀胱内視鏡切除(TURBT)後の放射線治療+シスプラチン(+α?)の同時併用がお薦め
2.腎機能低下例にはマイトマイシンC+5-Fuも選択肢(?) その他の薬はまだ研究段階
3.動注化学療法は臨床試験のエビデンスがない
4.導入化学療法の有効性は確立されていない
5.抗がん剤単独レジメを安易に放射線治療と同時併用するのは慎むべき
筋層浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法に関連したきちんとした第III相試験はとても少なく(たぶん世界でこれまで5つ)、シスプラチン中心とはいえさまざまな膀胱温存療法が報告されていて、標準治療が定まっているとはいえません。また、日本では動注療法を行う施設も少なくなく、施設ごとに違う内容の抗がん剤と放射線治療の同時併用を実施しているのが現状のようです。
(さらに続く、放射線治療編…)
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